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2004年08月15日

●8月15日――日本が戦争に負けた日

靖国神社デスヨー
8月15日付・読売社説
「『BC級戦犯』をも忘れまい」


今年もまた、「終戦の日」を迎えた。
先の大戦で亡くなったすべての戦没者を追悼し、平和への誓いを新たにする日である。
けれども国際法上は、一九四五年八月十五日に戦争が終わったわけではない。
サンフランシスコ講和条約の第一条に明記されている通り、日本と連合国との戦争状態が終了した日は、講和条約が発効し、日本が主権を回復した一九五二年四月二十八日である。


この間に、極東国際軍事裁判(東京裁判)で、いわゆるA級戦犯として二十五人が有罪となり、このうち東条英機元首相ら七人が絞首刑を言い渡された。
「この裁判は史上最悪の偽善だった。こんな裁判が行われたので、息子には軍人になることを禁止するだろう」
連合国軍総司令部(GHQ)のウィロビー将軍が、判決の後、帰国のあいさつに訪れたオランダ代表のレーリンク判事に、こう語ったことが知られている。
「文明の裁き」と称された東京裁判の性格を象徴するエピソードである。


一方、国内外四十九の法廷によるいわゆるBC級戦犯裁判では、五千七百人が捕虜虐待や民間人殺戮(さつりく)などの戦争法規違反に問われ、九百二十人が処刑された。
日本軍の戦争行為や捕虜の扱いに蛮行が伴ったのは事実だ。
関与した者の責任が、「BC級戦犯」裁判を通して問われたのは、致しかたない。
しかし、実際の「BC級戦犯」裁判は、東京裁判と同様に、首を傾(かし)げたくなる内容も多かった。
元捕虜の証言などを手がかりに犯人捜しが行われたが、身に覚えのない容疑で逮捕され、処刑された「戦犯」も少なからずいた。
証拠調べは杜撰(ずさん)で、法廷では本人に陳述の機会すら与えられないケースもあった。


とくに、日本降伏後、インドネシアに再侵略したオランダの軍事裁判が乱暴だった、と言われている。


中国の南京攻略戦で「百人斬(ぎ)り」競争をしたという、現実離れした疑いで死刑に処せられた二人の「BC級戦犯」将校の例もある。
遺族が昨年、二人の名誉を回復するための訴訟を東京地裁におこした。審理が現在、進められている。
上官の命令に従って捕虜を処刑した兵士にも、死刑判決が言い渡されることがあった。


他方で、広島、長崎への原爆投下はもとより、日本の市街地に対する米軍の無差別爆撃が問われることはなかった。


逆に、無差別爆撃を実行した米軍機の搭乗員に軍律会議で死刑を宣告した旧日本軍の法務官が、捕虜に対する虐待を理由に裁かれた。
日本軍の法手続きの不備も指摘されたが、一面において報復的な裁判であったと言わざるを得ない。


今日、捕虜の扱いをめぐっては、米兵によるイラクのアブグレイブ刑務所での虐待事件が問題となっている。
指やつま先に電線をつないで小箱の上に立たせたり、全裸にして「人間ピラミッド」を作らせるなどの虐待、女性収容者へのレイプなどが明らかになった。
死亡例も伝えられている。
ウォルフォウィッツ米国防副長官は、尋問方法の一部が戦争捕虜の扱いを定めたジュネーブ条約に違反していたことを認めた。
「BC級戦犯」に適用された基準から言えば、この虐待に関係した米兵は、死刑を言い渡されても不思議ではないが、米政府はどうするのか。


(中略)


こうした将兵を含めた三百十万人の戦没者の礎の上に、今日の日本の平和と繁栄が築かれていることを、忘れてはならない。


(以上、全文は読売新聞へ)

毎年のことですが、終戦記念日になると首相が靖国神社に参拝するかどうかで激しい論議が交わされ、最近では、首相が靖国参拝を行うことが違憲だとして裁判所に訴える人間まで出てきました。
その理由というのが、靖国神社には日本を戦争に導いた戦犯たちが祀られているからだと言います。

そこで、簡単ではありますが、いわゆる戦犯というものについて、ご説明したいと思います。

まず、戦犯には、A級、B級、C級というように等級分けされています。
特にA級戦犯なんて、まるで鬼畜か悪魔かといった悲惨な扱いを受けてはいますが、このA・B・Cは何を表しているのでしょう?

A級
侵略戦争を計画、謀議、遂行した平和に対する罪
B級
戦争法規及び慣習の違反
C級
捕虜の虐待を含む人道に対する罪

と、このような感じで認識され等級分けされています。

そもそも、戦犯とはどうして作られたのか?
戦犯――それは、連合国が作った極東軍事裁判(東京裁判)で裁かれた罪人たちを指す蔑称です。

極東軍事裁判――日本を裁いたのは、他ならぬ連合国の人間、中にはリアルタイムで北方四島と北海道を侵略中であるソ連(現ロシア)までが裁判官として加わってました。
しかもソ連は、日本軍捕虜数十万人をシベリアにて強制労働させていた真っ最中だったんですね。
もうこの時点で、この極東軍事裁判といわれるものが、全ての責任を日本に押しつけてしまえという――言ってみれば単なる弱い者イジメでしかなかったんです。

そして、それが正義として通用する世界でもあったのです。

もしも日本に適用された国際法が、その後も続いているとすれば、ソ連が日本軍捕虜をシベリアまで強制連行し、何十万人も殺した罪はいつ裁かれるのでしょう?
ちなみに、俺のおじいちゃんはシベリア帰還兵で、ソ連が日本人捕虜にしたこと聞いてますからね、絶対許しませんよ。

同様に、アメリカが日本の広島と長崎に落とした原子爆弾によって、二十万人以上もの民間人が虐殺されたわけですが、これもいつになったら裁かれるのでしょう?
アメリカが行った東京大空襲では、民間の施設はおろか、一般居住地まで、無差別に東京中が焼夷弾の雨によって焼き払われましたよね。
その時にも、何万人もの一般市民が虐殺されたわけですが、この罪は一体、いつになったら裁かれるのでしょうか?

ついでに言うと、この裁判まで南京大虐殺の名前は一度も国際的に出てこなかったんですが、30万人以上の犠牲者がいるはずなのに、どこに被害者の遺体があるのでしょう?
長崎や広島、東京、シベリアでは今も日本人の遺体が大量に眠っているのに、どうして南京だけはキレイさっぱり死体が出てこないのか――フシギですねぇ。

もちろん、戦争に勝った国々のひらいた裁判所の中にも、唯一の中立的な裁判官はいました。
それがインド代表のパール判事です。
パール判事は、日本を裁く立場にいましたが、アメリカをはじめとする連合国の帝国主義的な侵略戦争を考えれば、日本を悪だと裁ける道理は存在しないとして、日本軍を全員無罪にしました。

さらには、極東軍事裁判が行われている中ですね、日本が各地で開放してきた植民地に、イギリスやフランス、オランダなどが再侵攻を行い始めていたんです。
日本の起こした戦争を侵略戦争だ侵略戦争だと声高に叫ぶ人がいますが、それも単純に侵略と言っていいのか怪しい部分があります。
なぜなら、当時のアジアにいたのはアメリカ、ソ連、イギリス、フランス、オランダといった国々なんですね。
アジアの大半が、中国などでさえもアメリカやヨーロッパ各国によって植民地化・奴隷化されていたわけで、アジアに独立国家はほとんど無かったのです。
だから、日本の戦争というのは、初めから日本対ヨーロッパという構図だったんです。

更に言えば、極東軍事裁判が始まるまで、戦争を起こしたということが罪になるということはなかったんですね。
極東軍事裁判があるから、日本を裁判にかけるから、都合のいい法律を自由自在に戦勝国が作り上げて、どんどん日本に罪をかぶせていったのです。

とにかく、極東軍事裁判というのが戦勝国の欺瞞に満ちた最悪の法廷だったわけで、日本は全ての罪をかぶせられて地獄の底に叩き込まれたような状態だったんです。

しかし、サンフランシスコ講和条約締結後――昭和27年4月28日以後ですね、日本国内では戦犯として処刑された方々の汚名を晴らそうという動きが活発になっていったのです。

中でも、戦犯とその遺族を救おうとして、最も活発に動いたのが――社会党の堤ツルヨ衆議院議員だったのです。

社会党とは、現在の社民党と民主党左派(岡田さんや菅さん、横路さんなど)のことですね。

社民党と民主党を支持する皆さん、よく覚えておきましょう。
あなたがたが支持している政党は、過去に、戦犯たちを救おうと、靖国神社に英霊として祀らなくてはいけないと、懸命に戦ったのですよ?
今、社民党と民主党は何をしていますか?
あなたがたが守った英霊たちを、あなた方自身の手で、殺してしまおうとしているんですよ?
偉大なる先輩が、命を賭して成し遂げたこと――もう少し、考え直してはいかがでしょうか?

それはともかく、こうした社会党を中心にした動きの中でですね、ついに昭和28年8月。
改正された「遺族援護法」で、極東軍事裁判で有罪となった人々を「罪人とみなさない」とする判断基準が明確にされ、遺族に年金と弔慰金が支給されることも決定されたのです。

戦犯の烙印をおされ死刑にされた方々を、戦犯刑死や獄死と言うのは失礼だとし、公文書では「法務死」、靖国神社では「殉難死」と記しています。

こうして、連合国が戦犯として裁いた人間達は罪人ではない、というのが当時の日本全体の意志であり、急先鋒に立っていた社会党の意志でもあったわけです。

このようにして、日本から「戦犯」というものは無くなったのです。

靖国神社に眠っている英霊たちは、過去、日本の自由を守るために、負けると分かっていた戦争に望んでいった人々です。
そう、日本の戦争とは、最初から負けると分かっていながらも、戦わなければならない戦争だったのです。
一つの民族が、己の存在全てを賭けて、奴隷となることを良しとせずに挑んだ戦いだったのです。

もしも日本が戦うことを放棄した場合、日本がどうなっていたかを知ることは簡単です。
朝鮮半島を見てください。
このように、日本が二つに分断され、家族が裂かれ、友人と別れ、恋人を失うという状況になっていたのは間違いないのです。
まさに、今の朝鮮半島が、当時のアメリカ、ソ連によって引き起こされた悲劇の末路なのですから。

今、あなたがこうしてインターネットをしていることや、戦犯たちを憎い憎い憎いと訴えること、靖国神社に対してツバを吐きつけること、天皇陛下や首相の批判を公然と行っていること、何も考えずにゲームに夢中になれること、恋人と海にでかけてヤッホーと大声で叫べること、一生懸命仕事をしてお金を貯めて欲しいモノを買うということ――全て、全て、全て。
何もかもが、先の戦争で戦ってくれた人々がいなかったら、実現することが出来なかったのです。

仕事がある。

物がある。

友達がいる。

笑うことができる。

金を稼ぐことができる。

恋が出来る。

俺たちは、いま、自由に生きています。
賛成する自由も、反対する自由も、自分自身で選択できる自由を手に持っています。
だとしたら、なぜ今、このように自由を謳歌出来るのか。

戦争に行った祖父たちを人殺しだとしか言わない人を見ると、無性に腹が立ちますね。
お前は自分のおじいちゃんに向かって、人殺しと言えるのか?
自分のおじいちゃんを見て、この人が平気で人を殺したと思えるのでしょうか?

もし、とてもそうは思えないというのなら――

どうして、おじいちゃんが銃を手に取り、戦いに行ったのか。
なぜ戦うことになったのか。
なんのために戦うことになったのか。

考えましょう。

せめて、おじいちゃんたちが生きているうちに――どうして、あなたのおじいちゃんは銃を手に取り、戦いに出かけ、友が次々死んでいくような地獄で、引き金を引き続けたのか?

どんな想いで、人を殺していたのか?

考えましょう。

考えることが、今、俺たちに出来る唯一のことだと思います。
残酷な現実を知ることになるとは思いますが、考えるのをやめないでください。

未来のために――

俺たちのために――

血を流してくれた祖父に、出来る限りの感謝を込めて。

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コメント

要するに戦時中に日本軍が数千万人の人々を殺したから、今の日本があるということですか

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